鉱物標本の洗い方|水につけてはいけない石と汚れ落としの手順
標本のクリーニングでいちばん多い失敗は、洗いすぎることです。汚れが落ちるより先に、結晶の光沢や表面の微細な構造が失われる。まず確かめるべきは「その石は水に触れてよいか」の一点です。
目次
洗う前に、その石が何かを確かめる
鉱物のクリーニングに「万能の方法」はありません。水晶を洗う要領でターコイズを扱えば、色が抜けて二度と戻りません。手順の話に入る前に、手元の石の種類と、できれば産地を確認してください。名前がわからない標本は、後述する「乾式だけで済ませる」方法にとどめておくのが安全です。
判断の材料になるのは、おおむね次の三つです。
- 硬度/モース硬度3以下の石は爪でも傷がつきます。ブラシの毛の硬さもここで決まります。
- 水への耐性/水に溶ける、あるいは長時間の浸水で表面が曇る鉱物があります。
- 集合のしかた/細い針状結晶や、母岩に薄く載っただけの微細結晶は、水流そのもので折れます。
ここで扱うのは、家庭でできる範囲の汚れ落としです。酸を使った本格的な鉄分除去(シュウ酸処理など)は、薬品の取り扱いと廃液処理の知識が前提になります。この記事では扱いません。
水につけてよい石・だめな石
| 区分 | 代表的な鉱物 | 扱い |
|---|---|---|
| 水洗いできる | 水晶・アメジスト・シトリン、瑪瑙、ガーネット、トパーズ | 硬度7前後で安定。ぬるま湯と柔らかいブラシで可 |
| 短時間なら可 | フローライト、カルサイト、ラブラドライト | 硬度が低く割れやすい。さっと洗ってすぐ拭く |
| 水を避けたい | マラカイト、ターコイズ、ラピスラズリ、ヘマタイト | 多孔質・含水・変質のおそれ。乾式が基本 |
| 水に溶ける | ハーライト(岩塩)、ボラックス、胆礬 | 水厳禁。湿気そのものが敵 |
| 触れかたに注意 | セレナイト(透石膏)、自然銀・自然銅、パイライト | 石膏は水で表面が白濁。金属鉱物は水気で酸化が進む |
迷いやすいのが、樹脂やワックスで処理された石です。安価なターコイズやマラカイトのタンブルには、割れを埋めたり艶を出したりする目的で処理が施されているものがあり、熱いお湯にさらすと処理材が白く浮きます。仕上がりに自信がなければ、目立たない裏側で試してから全体にかかってください。
まず乾いた状態でどこまで落とすか
いきなり水に浸けず、乾式で落とせるぶんを落とします。この段階で八割方きれいになる標本は珍しくありません。
- ブロアーで吹く/カメラ用のブロアーで浮いたほこりを飛ばします。息を吹きかけると唾液が飛ぶため避けてください。
- 柔らかい筆で払う/山羊毛や馬毛の化粧筆、製図用の刷毛が使いやすい道具です。結晶の隙間は毛先を立てず、寝かせて撫でます。
- 竹串・つまようじ/結晶の谷に詰まった土は、木の道具で削ります。金属のピンは結晶面に線傷を残すので、最後の手段です。
- 消しゴム/母岩についた黒ずみは、練り消しや白い消しゴムで軽くこすると取れることがあります。結晶面には使いません。
この時点で「まだ汚れている」と感じても、いったん手を止めて明るい場所で見てください。泥だと思っていたものが、じつは共生している別の鉱物や、産地を示す付着物だったという例がよくあります。標本としての情報を削ってしまう洗浄は、きれいにしているようで価値を減らしています。
水洗いする場合の手順
水洗いしてよいと判断した石だけ、次の順で進めます。
- ぬるま湯を用意する/30℃前後。熱湯は禁物です。急な温度変化は、内部にひびのある結晶を割ります。
- 洗面台に直接置かない/プラスチックの洗い桶に、たたんだタオルを敷いた上で作業します。落としたときの衝撃と、排水口に流す事故の両方を防げます。
- 中性洗剤を薄める/食器用の中性洗剤を数滴。アルカリ性・酸性の洗剤や、研磨剤入りのクレンザーは使いません。
- 歯ブラシは「毛先がやわらかい」もの/ふつうの硬さでも、硬度4以下の石には傷が入ります。
- すすぎは流水を弱く/勢いよく当てると細い結晶が折れます。桶の水を替えて振り洗いするほうが安全な場合もあります。
- 水気を吸わせる/こすらず、キッチンペーパーや吸水クロスで押さえて取ります。
頑固な泥は、一度で落とそうとせず「ぬるま湯に30分ほど浸けて、ふやかしてからブラシ」を数回繰り返すほうが、結果的に傷が少なくなります。ただしこの浸け置きができるのは、上の表で「水洗いできる」に入る石だけです。
超音波洗浄機を使ってよい石は少ない
眼鏡やアクセサリー用の超音波洗浄機は、たしかに細かい隙間の汚れを落とします。しかし鉱物標本に対しては、使わないほうがよい場面のほうが多い道具です。振動は目に見えない内部のひび(インクルージョンやフラクチャー)に力を集中させ、洗っている最中に割れることがあります。
- 比較的向く/単結晶で内部の割れがない水晶、瑪瑙、硬度の高い研磨済みの石。
- 避けたほうがよい/エメラルドやオパールなど内部に割れや水分を持つ石、母岩つきの群晶、接着で組まれた標本、樹脂含浸されたもの、真珠や琥珀といった有機質。
- 絶対に入れない/ターコイズ、マラカイト、ラピスラズリなど多孔質で処理の入りやすい石。
クラスター(群晶)は、一本の結晶が振動で外れると元に戻せません。手間はかかっても、ブラシと竹串で進めるほうが失敗が少ないと考えてください。
乾かしかたで仕上がりが決まる
洗ったあと、水滴を残したまま棚に戻すと、水道水のミネラルが白い斑点として残ります。これは汚れというより石灰の膜で、あとから落とすのは面倒です。
- 最後のすすぎだけ精製水を使うと、白い跡がほぼ出ません。数百円のもので十分です。
- 吸水後は、風通しのよい日陰で半日〜1日置きます。直射日光は避けます。アメジストやローズクォーツは紫外線で退色します。
- ドライヤーの温風、ストーブの前は使いません。急な乾燥と加熱は割れの原因です。
- 細かい隙間の水は、ブロアーで飛ばすと乾きが早くなります。
金属鉱物(パイライト、自然銅など)は、乾ききったあとの湿気が問題になります。乾燥剤を入れた密閉容器に戻し、湿度の高い季節は特に様子を見てください。パイライトは湿気と反応して崩れていく「パイライト病」が知られており、いったん始まると進行を止めるのが難しくなります。
やってしまいがちな失敗
実際に相談の多いものを挙げます。
- 塩水につけた/浄化の方法として紹介されることがありますが、多孔質の石は塩を吸い、乾いたあとに表面が白く粉を吹きます。金属を含む石は腐食します。
- クエン酸・お酢を使った/カルサイトや方解石を含む標本は酸で溶けます。母岩側だけのつもりでも、境目から侵食が進みます。
- 食洗機に入れた/高温・高圧・アルカリ洗剤の三点そろい踏みで、標本にとっては最悪の環境です。
- 洗ったあと素手で持ち歩いた/指の脂は思った以上に残ります。仕上げは綿手袋か、柔らかい布越しで扱ってください。
- ラベルを一緒に洗った/産地ラベルは標本の一部です。作業前に必ず外し、どの石のものか分かるようにしておいてください。
どこまで落とすかを決めておく
クリーニングは、始めると止めどころが分からなくなりがちな作業です。あらかじめ「表面の土が落ちればよい」「結晶面の光沢が出ればよい」といった着地点を決めてから手をつけると、やりすぎを防げます。
そして、迷ったら洗わないという選択も十分に合理的です。汚れは後からでも落とせますが、削れた結晶面や抜けた色は戻りません。手を加えるほど良くなるとは限らない、という点だけは覚えておいて損がありません。
この記事に出てくる鉱物
よくある質問
鉱物標本は水で洗っても大丈夫ですか?
石によります。水晶・アメジスト・瑪瑙・ガーネットなど硬度7前後で安定した石はぬるま湯で洗えますが、ターコイズやマラカイトのような多孔質の石、岩塩など水に溶ける鉱物、セレナイト(透石膏)は水を避けてください。種類が分からない標本は、ブラシとブロアーだけの乾式にとどめるのが安全です。
泥がこびりついて落ちません。どうすればいいですか?
水洗いできる石なら、ぬるま湯に30分ほど浸けてふやかし、柔らかい歯ブラシで軽くこする、という工程を数回繰り返してください。一度で落とそうと強くこするより傷が少なく済みます。結晶の谷に詰まった土は、金属のピンではなく竹串やつまようじで削ります。
超音波洗浄機で鉱物を洗ってもいいですか?
おすすめできない場合が多い道具です。振動が内部の微細なひびに力を集中させ、洗浄中に割れることがあります。母岩つきの群晶は結晶が外れると戻せません。使うとしても、内部に割れのない単結晶の水晶や研磨済みの硬い石に限り、ターコイズ・マラカイト・オパール・琥珀などは入れないでください。
洗ったあとに白い斑点が残りました。これは何ですか?
水道水に含まれるミネラルが乾いて残った石灰の膜です。汚れではないため普通のブラッシングでは落ちにくく、防ぐには最後のすすぎに精製水を使うのが確実です。すでに付いてしまった場合は、精製水で再度すすいでから吸水クロスで押さえて乾かしてみてください。
浄化のつもりで塩水につけてしまいました。問題ありますか?
石の種類によっては影響が出ます。多孔質のターコイズやラピスラズリは塩を吸い、乾いたあとに表面が白く粉を吹くことがあります。パイライトや自然銅など金属を含む石は腐食が進みます。ぬるま湯ですすいで塩分を抜き、よく乾燥させて様子を見てください。
乾かすときに日光に当てても大丈夫ですか?
避けてください。アメジストやローズクォーツ、フローライトは紫外線で退色し、抜けた色は戻りません。風通しのよい日陰で半日から1日置くのが基本です。ドライヤーの温風やストーブの前も、急な加熱で割れる原因になるため使わないでください。